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外伝 水底に沈む兎の顛末 + 17 +

last update Last Updated: 2025-08-07 13:57:36

 慟哭にも似た狼の遠吠えが北方から聞こえる。

 自分と恋したことで死なせてしまったか弱き兎は雨にとけて、竜神と入れ替わるように湖の底で眠ってしまった。

 残された男は桜月夜の守人としての役目を放棄し、竜糸から姿を消した。

「さいしょから任務を放棄して水兎ちゃんを連れ去っていけば良かったのに」

 不安定な竜糸の土地を治めるため、覚醒した竜頭は竜神として結界を張り直す。

 この地に残った神官たちは大地震で崩れた神殿を建て直し、ひとびとを呼び戻した。照吏以外いちどは離れていた女性神官、巫女たちも竜神に仕えるべくふたたび集ってきた。

 取り急ぎ、巫女たちのなかから次の裏緋寒の乙女が選ばれることになるだろう。その際に竜神が若い娘よりも熟女が好きだと公言したのは意外だったが……

 それでも気まぐれな至高神は、また恋を知らない兎をどこかから召喚するのだろうか。

「あんがい照吏が竜頭に見初められたりして」

「ありえない。僕は熟女趣味の竜神からすれば圏外だ。神官として神殿に呼ばれただけでそもそも桜月夜の守人になることもなかったんだぞ」

 どこか遠くを見つめている夜澄の前で照吏は苦笑する。

 至高神はなぜ水兎と清雅の恋を認めなかったのだろう。禁忌だからというその言葉だけでは語り切れない謎がいまも残されている。

 だが、竜神が覚醒したことで過去に姿を消した表裏の緋寒桜の存在はすっかり忘れ去られていた。

「咲き誇る桜だけでなく、枯れる桜もあるのが常だ」

「水兎ちゃんは枯れたわけじゃない。散ったんだよ」

 夜澄とどこかかみ合わない会話をしながら、照吏は心の中で祈ることしかできないのだ。

 ――自ら至高神に自白して消えてしまった彼女と、それを知らされて心を壊した彼の恋が、報われたものであることを。

   * * *

 雪深い蒼き谷にかつて存在していた廃集落で語り継がれた伝承を思い出し、雨鷺(うさぎ)は腑に落ちる。

 桜月夜と裏緋寒の恋は禁忌だと、至高神は神殿の人間に伝えていた。裏緋寒の乙
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     神になりきれない人間は恋をすると神力を増強するが、恋に破れるとその反動でちからを喪う。かつての清雅は桜蜜を出す水兎と恋に溺れ、彼女が忽然と姿を消したことに耐えられず人間としての姿を失ってしまった。もともと亡き集落の土地神である夜澄の場合はそのような制約が存在しない。それに、雨鷺は知らなかったが彼は竜糸の竜神よりも神威の高い雷神であるため、裏緋寒の乙女を奪ったところで至高神は咎めなかったのだ。「桜月夜の人間と裏緋寒の乙女の恋が禁忌、というのは聞いていました」 「だけど恋する気持ちは止められないですよね」 現在の裏緋寒の乙女として召喚された朱華はいま、雷神夜澄の花嫁として雲桜の集落を再建させようと必死になっている。  そして彼女の幼馴染で表緋寒であった九重が、覚醒した竜頭の愛玩花嫁として傍にいる。  この結末を至高神はひとまず是としているらしい。ずっと大陸を脅かしていた鬼神を冥穴へ封じ込めたふたりが心に決めたのだ、さすがに野暮なことはしないだろう。「あたしの場合は夜澄が雷神さまだったから素直に受け入れられたけど、雨鷺さんは」 「あの頃の至高神はもっと幼い子どもだったのよ」 恋を知らない少女に恋をさせ、その恋を取り上げて喜ぶようなところがあった。  けれど水兎の方が上手だった。恋する気持ちの強さを神に見せつけた。  だが、清雅はそのことを知ることもなく、人間としての姿を保てなくなったのだ。「さすがに申し訳ないと思ったのかしらね。今度は前世の記憶を残したまま転生させて、もう一度恋をしろ、ですって」 「それで?」 「朱華さまも見たでしょう?」 裏緋寒の乙女の侍女の座を得た雨鷺は桜月夜の守人と顔を合わせ、確信する。「事情を知る夜澄に気づかれたわ。兎の生まれ変わり、って」 「だけど二百年前なら夜澄は雲桜の土地神さまだったはずです。どうして桜月夜に彼がいたの?」 「それはね、そのとき鬼の襲来が竜糸の地で起こっていたの。術者がいなくなってしまったうえに、弟神の竜頭が眠ってしまったから仕方なく人手不足の神官の重要な地位を手伝っていたの」 だから照吏のような女性も桜月夜の守人として仕えていたのだと雨鷺は説明する。自分の時は侍女などいなかったのだ、照吏がいてくれたから辛うじて裏緋寒の乙女として竜糸の集落を守護するため淫らな試練にも耐

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     激しい雨が降り注ぐなか、轟音が鳴り響く。神の怒りを彷彿させるひどい揺れが竜糸の土地を襲った。  地鳴りの音で目を覚ました清雅は隣ですやすや眠っていたはずの愛すべき女性の姿が忽然と消えていることに気づき、愕然とする。「水兎?」 落雷と地震で神殿内部がボロボロと崩壊していく。神官たちは無事なのだろうか。ほかの桜月夜は……?「何をぼぉっとしている! 逃げろ!」 「照吏?」 「――裏緋寒の乙女が裏切ったんだ。だから神々が怒って……」 「莫迦な! 水兎はついさきまでここにいたんだ! 俺と一緒に……」 何が起こっているのか理解できないまま、照吏に連れ出されて清雅は神殿の外へ出る。  そこには夜澄と、銀髪の美丈夫がむすっとした表情で清雅を見つめていた。『我の花嫁を寝取ったのはお主か』 その一言で清雅は確信する。「竜神――竜頭」 『いかにも』 清雅が水兎の純潔を奪ったことで、神々が過剰反応しているのだと竜頭は機嫌悪そうに告げる。  夜澄がいままでのことを説明してくれたのだろう、竜頭はうんざりした表情を見せながら清雅たちを見つめる。『周りがうるさくてどうにも眠れぬ。我が竜糸に表裏の緋寒桜は咲いておらず代理神も不在となれば、仕方なしに起き上がるしかない……』 そして、悔しいがな、と面倒くさそうに吐き捨てて竜頭はひょいと手をかざす。  一瞬にして地鳴りが止み、ぐわんぐわんと揺れていた地面が静まり返った。  だが、激しい雨は変わらず降り続いており、叩きつけるように桜月夜の守人たちを濡らしていく。  清雅は竜頭の言葉を反芻しながらぽつりと呟く。「表裏の緋寒桜が咲いていない……?」 冥界の邪神が表緋寒の代理神を乗っ取り殺めてしまったのは記憶に新しい。だが、裏緋寒の乙女である水兎のことまでまるで存在していないかのように口にする竜頭に清雅は首を傾げる。ほんのついさっきまで寝台で睦み合っていた彼女が、いない?  竜頭は清雅の途方に暮れた表情を前に呆れているようだった。

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     清雅からの口づけを受けた水兎は感じたことのない気持ちよさに腰を抜かしていた。胸や秘芽など何度も唇で愛撫されたのに、けして自分の唇にふれることはなかった彼の舌は、とても甘い。もしかしたらこれが神々を悦ばせる桜蜜の味なのかもしれない。神聖なるものだけが味わえる甘露を狼神の末裔である彼から直に与えられたことで、水兎もまた味覚を得ることができたのだろう。「んっ、もっと、もっと…………っ」 「水兎。まさか桜蜜の味がわかるようになったのか?」 「甘くて、美味しいの。清雅の唾液……」 「俺の唾液よりも水兎が気持ち良くなって分泌させる桜蜜の方が甘いぞ?」 「ああん」 一糸まとわぬ姿で身体を寝台のうえに縫い付けられた水兎は清雅の愛撫を受けながら口づけに溺れている。何度も絶頂を味わわされて潤みきった瞳はほんものの兎のように色を赤くしていた。その姿にもっと啼かせたいと清雅が下半身を押しつけて来る。蜜に濡れた白い神衣に隠された彼の分身はすっかり勃ちあがっており、水兎の秘芽にふれていた。「あ……これ」 「挿入れるぞ――!」 「ン――……ッ!」 神衣を押し上げ、褌からはみ出した一物を蜜口にあてられたかと思えば、すぐに蜜壁を擦りたてながら最奥へ侵入してくる。太くて硬く熱いものが一息に挿入され、息が詰まりそうになるが、さんざん可愛がられた水兎の身体は待ちわびていたかのように収斂し、ひくひくと痙攣する。「あぁ、ぁぁっ……」 「痛いか?」 「へいき、です……あぁっ、清雅さん……口吸いして」 「……ああ」 純潔を散らしたばかりの乙女が淫らに接吻をねだる姿に清雅もまたごくりと唾を鳴らす。水兎と繋がってしまったという罪悪感よりも、ようやく手に入れられたという安心感の方が強かった。清雅はゆっくりと腰を動かしながら水兎の唇を啄みつづける。「んっ、はっ、あんっ」 「いいぞ……上手だ」 「清雅さん、に、調教された身体です……からっ!」 喘ぎながら気持ちをぶつけてくる水兎に、清雅が腰を振って応える。すっかり彼の形にされた膣内を何度も何度も抉られて、水兎は無意識のうちに桜蜜を全身の穴という穴から放出させる。甘い香りに酔いそうになりながら、ふたりはひとつになって言葉の応酬を続ける。「神々が放っておかないだけある……裏緋寒の乙女」 「あ、あぁっ!」 「このまま俺がぜんぶ喰らっ

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